福岡市東区の増井司法書士事務所

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《代表者略歴》 

司法書士・不動産鑑定士補 増井敦章

昭和47年

 

福岡県糟屋郡久山町に生まれる

 

平成03年

西南学院高等学校卒業
明治大学法学部法律学科入学

 

平成07年

 

国家公務員Ⅰ種(法律職) 一次合格
国家公務員Ⅱ種(行政九州) 最終合格
福岡県上級職(学校事務) 最終合格

 

平成08年

 

明治大学法学部法律学科卒業

福岡県庁入庁

 

平成09年

 

不動産鑑定士二次試験合格

 

平成12年

 

不動産鑑定士補登録

 

平成17年

 

大原法律公務員専門学校福岡校非常勤講師

 

平成18年

 

立命館アジア太平洋大学非常勤講師

 

平成20年

 

司法書士試験合格

 

平成21年

 

司法書士登録

 

平成25年

 

司法書士特別研修チューター

 

福岡市民生委員・児童委員

 

平成26年

 

司法書士中央新人研修後期日程講師

 

平成27年

 

福岡県司法書士会福岡東支部 理事

 

日本司法支援センター扶助審査委員

 

学校法人大原学園学校関係者評価委員・教育課程編成委員

 

 

《他保有資格(未登録)》

 


行政書士 宅地建物取引士 マンション管理士 管理業務主任者

 

 

《所属団体》
 

 

福岡県司法書士会(福岡第1408号 法務大臣認定番号第929002号)
 

公益社団法人成年後見センター・リーガルサポート福岡支部(9106661)

 

福岡県公共嘱託登記司法書士協会

 

特定非営利活動法人ふるさと安心サポート九州

 

 

 

数年前に寄稿した記事を以下掲載します。

 

 

1.司法書士になるまで

(1)学生時代(平成3年から平成8年)
  学生時代から(今でも)風変わりであった私はなぜだか国際関係論に興味を持ち、本を読みあさった結果、「労働(ノドン)1号」というミサイルが日本に飛来してくるかもしれない危険性に気がつきました。大学の友人に「ロウドウ1号(当時はノドンとは読めない)が飛んでくる、気をつけろ!」と吹聴して回るも、誰からも相手にされませんでした。その後、私の(いや専門家の)予測は的中し、平成5年5月にノドンが能登半島沖に墜落しました。臆病な私は自分や家族をノドンから守るため防衛官僚になる決意をしました。
 防衛官僚になるため(自分の身を守るため?)留年してまで受験勉強に勤しみ、国家公務員Ⅰ種試験に合格はしましたが、官庁からは内定を頂けず、すごすご福岡に帰ることにしました(ちなみに、○安○○庁という官庁から内々定を頂きました。学生時代に朝鮮戦争と湾岸戦争を比較したレポートを書いて、社会人の前で発表したことが評価されたようです。あのまま奇跡的に採用されていたら今頃立派なスパイになっていたかもしれません)。

 

(2)公務員時代(平成8年から平成10年)
 福岡県の教育委員会の職員として、○○地区の山村の小学校に派遣されました。当時、生徒数60数名、職員数10数名の長閑な学校でした。ここでは、事務職員としての仕事の他に、運動会、キャンプ、地域のマラソン大会などに参加し、今にして思えば私の人生の中で最ものんびりとしたときであったように思います。が、ここでも風変わりな私はいずれ遂行される公務員改革の恐怖に怯え、不動産鑑定士になるための受験勉強をはじめました(学生時代の教訓に学び、「いずれ公務員はリストラされる気をつけろ!」と吹聴して回ることはありませんでした)。

 

(3)鑑定事務所勤務(平成10年から平成14年)
 平成9年に不動産鑑定士の2次試験に合格しました。意気揚々と就職活動をしましたが、その頃は山○証券が経営破綻した時期で就職先がなく、公務員を続けながら就職活動をするという全く持っておかしなことをやっていました。
 就職先が決まり、○○○市の鑑定事務所と○○市の鑑定事務所で実務の経験を積みました。鑑定事務所では、通常の不動産鑑定評価のほか、地価公示、地価調査、相続税路線価の評価、固定資産の評価、競売の評価というオーソドックスな鑑定事務所でのお仕事のほか、所長が再開発に長じていたことがあって、市街地再開発事業に関する仕事のお手伝いもしました。今でも、○○○○○○や○○駅前に行くと、少し感慨深いものがあります。
 不動産競売の評価では、いわゆる「占有屋」にも遭遇しました。車で現地に乗り付けた瞬間、事務所から屈強な男性5~6名が現れ、車を取り囲まれ、途方にくれたこともありました。政治結社を名乗る○翼の街宣車が駐車されている対象物件に所長と執行官が入っていき、30分以上出てこなかったときは本気で警察に電話をしようと思いました。今となっては楽しかった?思い出も多いですが、正直、競売の評価は心が痛みました所長から「お金を払えなければ自宅が取られるのは資本主義の掟だ。お前もいい加減大人なのだから、それくらいわかれ」と何度も言われましたが、心の整理がつかないままでした。このとき、もしかしたら法律家になれば、もっと別の視点で困っている方々のお手伝いができるような仕事ができるかもしれないと考えるようになったのだと思います。

 

(4)受験予備校講師(平成14年~平成16年)
 私にはサラリーマン経験がなかったし、まだ30代前半で、鑑定士として独立するのも早すぎるだろうと思ったので、受験予備校の講師として就職しました。講師は、講義のほか、営業活動もしなければならず、毎月のノルマに追われ、売り上げが上がっていない月には上司から指導されるという典型的な「サラリーマン」の経験を積むことができました。
 講師としての幅を広げるために資格試験も挑戦しました(いや、させられました)。入社した年に、宅建、マンション管理士、管理業務主任者の試験に合格しました。結果、私のあだ名は、資格マニアになりました
 講師をやることによって、相手にわかりやすく伝える(あるいは伝えようとする)技術を学ぶことができました。そのほか、別府にある私立大学の非常勤講師を経験させてもらったり、人前で話をしてもあまり緊張しなくなったりと、ここでの経験は現在も役に立っていると思います。

 

2.司法書士を目指した経緯(平成16年から平成20年)
 
 「サラリーマン」の経験も積んだことから(サラリーマンがしんどくなったことから)、上記予備校の非常勤講師になり、司法書士の受験勉強を開始しました。不動産競売のことが頭から離れなかったのだと思います。妻も子もいたので、働きながらの受験勉強でしたが、何とか4回の受験で合格できました。 
 受験期間中に、父の会社が倒産しました。父のためにマイホームを担保として提供していましたので、自分の家が競売申し立てされました。色々手を尽くして任意売却で乗り切りました。鑑定事務所で得た知識や受験勉強で得た知識が大変役に立ちました。

 

3.今後について(平成21年から現在)
 
 司法書士として独立して4年が経過しようとしています。「そろそろ戻って来いよ」と鑑定士の同期から言われます。私が鑑定士補から鑑定士になるためには、特別研修と同じような長期間の研修が必要です。ぼちぼちその研修を受けようかなと思っています。司法書士と鑑定士を両立できるかは少し不安なところもありますが、頑張ってみようと思います。

 

 

 

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ご挨拶

大学卒業後、公務員として2年ほど奉職しましたが、高校生の頃からの士業として開業したいという夢を諦めきれず不動産鑑定士二次試験合格後、25歳で福岡県庁を退職し士業の道を歩んでいます。公務員、不動産鑑定、大手資格予備校の講師を経て、司法書士へと遠回りな人生を歩んできたようでもありますが、不動産とはずっと向き合ってきたと思っています。 現在、当事務所では特に相続・成年後見業務に力を入れていますが、様々な業務を通じてこれまで培ってきた不動産に関する知識や経験は相当のものと自負しています。

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